【最終回】
 EBM批判について考えてみる

公開日: 2016年12月19日月曜日




 これまで5回にわたって現在のEvidence Based Medicineの根幹となる考え方について解説してきました。

  • これまでのエビデンスを統合したサマリーを利用すること
  • 得られたエビデンスの質を考慮すること
  • エビデンスのみで臨床判断をしないこと

 ご理解頂けたでしょうか。

 EBMに対する理解が拡がる一方で、「歯科におけるEBMの実践」について様々な批判を耳にします。よく耳にする批判は以下のようなものです。

  • 歯科治療は患者個別のもの。平均化されたデータなんて意味ないよ。
  • 歯科ではRCTなんてほとんどないでしょ!ましてやSRなんて……。信頼に足るエビデンスはないんじゃないの。
  •  外国の下手クソがやった治療の結果なんてあてにならないよ。
  • 最新の治療をやりたいから、臨床試験なんて待っていられないよ。動物実験のデータで十分でしょ。

 最終回の今回は、これらの批判について考えてみたいと思います。


【EBM批判①】歯科治療は患者個別のもの。平均化されたデータに意味はない。


 医療は患者と医療提供者の間で成立するものですから、当然個別のものです。しかしながら、個別の治療を行うにも、ひとつの要素として情報は必要です。
 同じような状態の患者さんに自分が行った治療の結果(良くなったケースのみの提示ではなく、エビデンスサマリー)を提示できるのであれば、情報として勝るものはありません。
 そうでなければ、外部の平均化されたデータを用いる他に手立てはありません。他の臨床家が治療して、上手く治ったケースの症例報告のみを情報として利用するのは偏っているように思えます。

 ただし、「平均化されたデータを用いること」と、「平均値をそのまま用いること」は同意義ではありません

 論文には平均値とともに95%信頼区間が提示されています。例えば「CAL1.26mm (95%CI:0.65–1.92)」といったものです。これが意味するところは「平均1.26mm付着の獲得が得られ、この値は95%の確率で0.65〜1.92mmの間に入っている」ということです(例えがいつもペリオですみません)。
 真実は神のみが知り、統計と偶然は切り離せません。平均値も偶然の産物に過ぎません。「この治療では1.26mm改善する」とダイレクトに用いるよりは、「この治療では0.65〜1.92mm改善する」という幅を持って利用するほうが適正だと思います。
 そして前回お話ししたように、エビデンスは質とともに提示されるべきです。


【EBM批判②】歯科ではRCTやSRの数は少ない。信頼性の高いエビデンスは存在しないのではないか。


 実は私もEBMを勉強し始めた当初(2005年頃まだ歯学部生の頃です)はこのように考えていました。
 その当時は歯科領域ではRCTはほとんど存在せず、「服薬などの内科的な治療でないと不可能ではないか」「歯科は技術依存性が高いため、バイアスの排除は困難ではないか」と考えていました。

 それから10年以上が経ち、歯科領域でもRCTやSRが多く報告されるようになりました。
 現在、インパクトファクターを有するような海外学術誌を見てみるとRCTが多く掲載されていますし、臨床研究しか載せないようなジャーナルも存在します。
 また、海外の専門医教育においてこのような知識は高い優先度で教育されると聞きます。

 この背景には「患者と医療者の価値観の変化」が挙げられますが、「ITの進化の影響」も大きいと言えます。現在のようなITがなければ論文を網羅的に検索し、統合するSRは作成できません。
 外科的治療の方が治療に関するバイアスが混入されやすいのは事実です。しかしながら、バイアスのリスクを可能な限り減らすことは可能ですし、これを読み解くことが利用者にはもとめられます。

 SRのconclusionを読んでみると、お決まりのように「この問題における質の高いエビデンスはいまだ十分ではない。今後さらなる研究の発展が期待される。」と記載されているのを目にします。現状ではすべての領域で十分なエビデンスが提示されているとは言えません。
 しかしながらこの10年の急速な変化をみると、RCTなどの臨床研究が今後より多く報告されることは間違いありませんし、すべての医療行為にRCTが必要ではないことは再度認識すべきです(このコラムの第4回で詳しくお話しました)。

 現状においてRCTの数が少ない場合には、観察研究やケースシリーズを検索してみる必要があります。エビデンスの質は低くはなりますが、現時点で得られるベストエビデンスを探し、サマリーすることが大切なのではないでしょうか。


【EBM批判③】海外の治療の論文を日本の患者に当てはめてるべきではない。


 たしかに海外の論文を読んでみると、日本の日常臨床で行われている術式とは異なる方法が用いられていることがあります。このような場合、得られる情報の質は低いと考えて良いでしょう(前回お話した「非直接性」です)。

 しかしながら、「海外の術者だから日本人より治療が下手だ」「海外の患者だから日本の患者とは違う」といった紋切り型の物言いは正しくないと思います。どのような術者が治療を行ったのか、臨床論文には記載されています。そのような記載を読んだうえで評価することが重要です。

 また、患者の人種による治療反応性の違いに関しては、扱っている臨床疑問の性質によって大きく異なります。
 人種によって大きく結果が異なる治療とそうでない治療があります。自分が扱っている臨床疑問の性質を精査する必要があります。

 さらに、グローバル化の時代であり、多民族が暮らす国が多いことも忘れてはいけません。日本で行われた臨床研究であればそのほとんどがアジア系の人といっても問題ないでしょうが、アメリカで行われた臨床研究が白人ばかりのデータとは限りません。

 EBM発祥の地、カナダから来日された臨床疫学の教授が講演で「異なる人種のデータを利用してよいのでしょうか?」と聞かれ、このように答えました。
 「患者はみんなバラバラさ〜。」


【EBM批判④】臨床研究の結果が出るのには時間がかかるので、動物実験のデータを用いるべきである。


 私が専門としているペリオやインプラントの領域においては、「最新の骨補填材や成長因子を用いて治療を行いたい。RCTやSRが出るのは先になってしまう。動物実験のデータをもとに治療しては駄目なのだろうか?」という悩みを持っている先生が少なからずいらっしゃいます。

 動物から得られたデータをそのまま患者さんに当てはめることが難しいことは言うまでもありません。「動物実験で効果があるから、この治療を行おう!」と判断することは極めて危険だと思います。

 しかしながら、動物実験からしか得られない知見があることも確かです。作用機序や治癒メカニズムなどの背景知識は動物実験や細胞実験からしか得られませんし、重要な知識です。
 また多くの場合、ヒトの組織切片を得ることは困難ですから、動物の組織切片から得られる知見も重要です。

 まずは直面している問題の性質を明確にすることが大切なのではないでしょうか。


GRADEをご存知ですか?


 実はこれまで「イマドキEBM」としてご紹介してきたコンセプトは、GRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) というシステムにて体系化されたものです。

 GRADEは、エビデンスの質と推奨の強さを系統的にグレーディングするシステムで、システマティック・レビューや診療ガイドラインの作成や理解のための標準的なアプローチです。

 現在、世界中の多くの学会や学術関連グループで採用されています(WHOも採用しています)。
 日本でも、日本歯科保存学会や日本顎関節学会、日本睡眠歯科学会などの多くの診療ガイドランでも採用されています

 これまで5回のコラムを読まれて興味を持たれた方は GRADEについて踏み込んで学ばれることをお勧めします。
 EBM-Tokyo (http://ebm.umin.ne.jp)など様々なグループがGRADEに関するワークショップを開催しています。
 是非一度参加してみてはいかかでしょうか。
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